つくるのは、お客様だけの1本。山県で自分が好きなことをこのままこの形で、やっていきたい。/長屋一成さんKazu Guitar Village代表

山県市相戸の緑豊かな山合の麓にある「Kazu Guitar Village」で、ギター製作を全て一人で行なうマスタークラフトマンの長屋一成さん。オーダーメイドという仕事に魅力を感じ2012年11月に自身が生まれた町である山県市で工房をスタート。ギターに関わるきっかけや、山県市に工房を置いた理由を伺いました。
演奏より製作に夢中に
「父も兄も大工なんです。父が亡くなって、今は兄のものとなった作業場を間借りしています」と話すのは、山県市相戸の緑豊かな山合にある「Kazu Guitar Village(カズ ギタービレッジ)」の長屋一成さん。ギター製作を全てひとりで行なうマスタークラフトマンで、これまで国内外の有名ミュージシャンのギターを製作してきた名工です。

山県市で生まれた長屋さんは、学生時代から音楽が好きで、バンドを組んで演奏をしていました。しかし、大工だったお父さんの仕事場で自分のギターを作り始めると、演奏することよりも製作することに夢中になっていったそうです。
専門校の卒業前、知人からの紹介でギター製作の全行程に携わることができるギターメーカーへの入社が決まりました。長野県の工場で、ギター製作の各工程はもちろんのこと、資材の仕入れや品質管理、出荷まで広く担当し、数年後には工場責任者となりました。
「楽器製造業界も決して良い環境ではないので、優秀な人材でも将来を考えて辞めていく人もいます。10人入って残るのは1人か2人でしたね」と長屋さんは話します。
しばらくすると、木曽工場から名古屋への転勤が決定。そこでは、ギターやベースのオーダー製作とリペア(修理)工房を担当し、長屋さんは、より深くギターに関わっていくことに。さらには、ギター製作技術やリペア技術を本格的に習得したいと望む人たちのために、日本で初めて設立された学校の講師となります。そこでは、製作、リペア、開発などの技術や知識をその基礎から教えるだけでなく、ミュージシャン育成機関のディレクターも経験します。そうした実績から、名古屋直営店の店長とクラフトマンを兼務していました。
そんな中、2011年に東京転勤の話が持ち上がり、熟考の末、自分の生まれ育った場所で自分の工房を持つ道を選択しました。
「30代だったらよかったんですが、もう東京だと年齢的に管理の仕事が主で、ギターを作れないのは辛いのでね。ギターを作りたいと思って入った会社で、いろいろな経験をさせてもらったし、ミュージシャンをはじめとする素晴らしい人脈を作れたことに感謝しています」と、当時を振り返ります。
1年の準備期間ののち、2012年11月、ついにギターやベースのオーダーメイドを中心に、調整・修理・カスタマイズを行う「Kazu Guitar Village」という名の工房を立ち上げました。お客様とのやり取りの中から、お客様の求める『音色』『形状』をひとつにしていく。オーダーメイドのギター製作は、長屋さんにとっての天職とも言えるものでした。
山県市に工房を置く理由を尋ねると、「地元に帰りたいという思いが強かったですね。山県市が好き、岐阜県が好きなんです」と、教えてくれました。
じっくり時間をかけ、お客様好みの1本を
ギターの製作工程は、まず、テンプレートを使って木材から基本となる形を切り出します。その後、塗装してパーツを組込み、弦張り・調整までを行います。通常の形であれば3ヶ月程度、凝った形は5~6ヶ月の製作期間が必要となります。自然の染料は、薄く何度も塗り重ねていくため、塗装にも時間がかかります。素材は、主に北米産のメープルやアッシュ。それ以外にも、高価な黒檀(エボニー)、紫檀(ローズ)など、全て天然の木を使用しています。天然木材だけに、製作にはじっくり時間をかける必要があります。特にネックの部分は、完成後に反り曲がりが出ないよう、慎重に時間をかけて削ります。

オーダーが入ると、「そのお客様のためだけの1本をつくるのだ」という強い思いで取り組みます。お客様には、工房に置いてある自作のギターを弾いてもらい、どうカスタマイズしていくのか一緒に探ります。どのような音色を求めているかを知るために、お客様の演奏を聞きに行くこともあるそうです。長年培ったノウハウや経験値をもって、お客様の要望を一緒に形にしていきます。それでも、「どれだけ相手の方を理解できているか、最終工程のセットアップが一番緊張しますね」と長屋さん。
長屋さんは、ギター製作と並行して、ギターの調整や修理なども行なっています。名古屋発のバンドメンバーも工房を訪れてくれるそうで、今後はミュージシャンを目指す人もサポートしたいと考えているそう。さらに、最近ではギター製作に興味のある人への指導も行っています。

取材中、ふと工房の片隅に目をやると、玉ねぎが吊るしてありました。「おふくろも畑仕事が大変になってきたみたいなので、見様見真似で同級生やバンド仲間と畑を耕したりして、玉ねぎやいろんな野菜を作っています。長年離れて暮していたので、今は両親のそばにいてあげたい。とはいえ、助けてもらっていることもまだまだあります」と、長屋さんは笑います。
とにかく音楽が好きだという長屋さんは、「自分の憧れていたミュージシャンに会えて、その方のギターを製作できたことは、クラフトマン冥利に尽きます。今はこの地で、自分が好きでやっていることを、このままこの形でやっていきたい」と話します。
愛する人たちと自然豊かなこの場所で音楽を楽しみながら、長屋さんは今日もギターと向き合っています。