歴史ある伊自良大実柿や柿渋文化が消滅してしまう。文化を広めることより、守っていくことの方が重要なんです。/加藤慶さん柿BUSHI代表

山県市地域おこし協力隊として愛知県尾張旭市から移住してきた加藤慶さん。以前はIT関係の仕事をしていましたが、「何かを形として残すことがしたい」という想いが強くなり、山県市地域おこし協力隊に志願しました。任期を満了した現在は、柿渋商品の製造・販売と合わせて、柿渋染め体験ができる「柿BUSHI」を運営しています。渋柿への想いや、活動内容について伺いました。

形として何かを残せる仕事がしたい

山県市の地域おこし協力隊として、愛知県尾張旭市から移住してきた加藤慶さん。以前はIT関係の仕事をしていましたが、「形として何かを残せる仕事がしたい」という思いが強くなり、協力隊に志願しました。任期を終え、今は柿渋商品の製造・販売に加え、柿渋染めが体験できるスペース「柿BUSHI」を運営しています。

山県市伊自良(いじら)地区では、冬になると家の軒下に伊自良大実(おおみ)柿という渋柿がたくさん吊されます。「連柿(れんがき)」と呼ばれる干し柿は、竹串に皮をむいた柿を3つさしたあと、藁で10段編むという方法で作られます。横一列に並ぶ3つの柿は親、子、孫を表しており、家族を大切にする思いが込められているそうです。

伊自良大実柿は渋がとても強い柿ですが、干し柿にするととても甘く、糖度は約66%にもなります。
連柿の話をしている中で、加藤さんが見せてくれたのは柿むき専用のカンナ。地元で暮らす80代の職人さんが手作りしたものです。専用のカンナが必要な理由は、伊自良大実柿の実が大きくはないことから、実の部分を少しでも残せるよう、できるだけ薄く剥ける道具が必要だから。伊自良大実柿の皮を薄くむけるように考え抜かれたカンナは、長い間ずっとこの地の連柿づくりを支えてきました。

地域住民に愛されている連柿ですが、担い手不足により数が減りつつあるのが現状。「このままでは、歴史ある伊自良大実柿や柿渋文化が消滅してしまう。広めることより、守っていくことの方が僕にとっては重要なんです」と、加藤さんは生業を選んだ理由を話してくれました。

柿渋染の商品を生み出す

現在、1000本ほど残っている伊自良大実柿はその約半数ほどを生産者の方が管理しており、その一部を柿渋用に使用しています。収穫前に行う草刈り作業はなかなかの重労働。「草刈りは何日もかかり大変ですが、実はとっても爽快なんです」と加藤さんは楽しそうに話します。柿のタンニン濃度が強い時期である8月から9月に“青柿ちぎり”を行います。収穫した青柿は加工業者に依頼し、3年から5年後に熟成された柿渋となって戻ってきます。昨年は青柿が7トンほど採れ、約40%が柿渋になりました。

柿BUSHIの2階には、柿渋で染めたストールやバッグ、小物類が並んでいます。明るめのオレンジ系や中間色、シックなグレージュ、墨黒系の柿渋カラーで統一され、温かみが感じられます。ほかに、柿渋で先染した糸を使って生産した抗菌ふきんや手ぬぐいなど品ぞろえも豊富。手肌になじむ質感で、長く使うことで愛着が湧いてきそうです。

「地域あっての自分だから」と地元の人々との交流を大切にし、日々活動する加藤さん。伊自良の季節の移り変わりを感じながら、これからも柿渋文化を守り続けていってくれることでしょう。

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