ふるさとの自然、原風景を次の世代につなげていきたい/加藤裕章さん 十五社神社禰宜 

深閑とした杉木立。その向こうに威風堂々たる佇まいの本殿が見えます。十五社神社は、平安時代の826年創建と伝わる古刹です。「逸見杉(へんみすぎ)」と名付けられた樹齢八百年、周囲5メートル超の巨木は、存在そのものがパワースポット。壮大な歴史ロマンに圧倒されていると、禰宜(ねぎ)の加藤裕章さんが現れて「現在の本殿は、将軍・徳川綱吉公直々の命で造営されたことが記録に残っています」。さらりと歴史深い情報が飛び出し、驚かされました。

戦国時代からの由緒ある家系

加藤さんは代々宮司として十五社神社の祭祀にあたる加藤家に生まれました。記録の残る限りで15代、戦国時代までさかのぼることのできる家系です。重い役割と歴史を担うプレッシャーはいかほどなのか。子どもの頃からさぞ特別な環境だっただろうと思いきや、ご本人は「よそと比べてうちだけ違うとは感じませんでした。でも『いずれ神主をやるんやなぁ』とは思っていましたね」と、ごく自然体です。

祖父も父も「背中を見せて育てる昔ながらのタイプ」で、「継いでくれと言われたことは一度もなかった」と加藤さん。関東の大学へ進学し、いよいよ将来を決めるというときになって家族会議が開かれ「お前の意志に任せるで、自分で決めりゃあいい」と言われたそう。「迷いなく『俺は継ぐ気でおるもんで』と答えました。地元、特に地元の自然が好きでしたから、役に立ちたい気持ちもあって」。在学中に神職の資格を取得、卒業後に地元へUターンし、現在まで仕事と神職の二足のわらじの多忙な日々を送ります。

時を越え伝わる技術の粋

現在、父が宮司、加藤さんは宮司の補佐を行う禰宜(ねぎ)を務め、年に二回の例大祭や正月、節分などの行事で補佐をしています。地域とのかかわりは深く、神社の運営について日頃から氏子たちと話し合いを欠かしません。「4年後に創建千二百年祭を控えているので、最近は主にその話題ですね」と加藤さん。千二百年! 十五社神社はそれほど長く、地域の暮らしや人々の喜び悲しみを見守っているのですね。

千二百年祭に向けての改修が計画されているとのことで、改めて本殿を拝見。現在の本殿は1701年に建てられ、内部の柱に徳川綱吉公の名前が墨で記されているのだそう。中には、神社名の由来でもある15座20柱の紙が大切に祀られています。

じっくり見ると、非常に繊細で緻密な彫刻が施され、ところどころ彩色の跡が見られます。「調査した専門家によると、建立当時は日光東照宮のように豪華絢爛な極彩色に覆われていたそうです。」それまでずっと穏やかな話しぶりだった加藤さんの語り口に熱が入ります。「彫り師と呼ばれる専門職の職人たちが技術を競った時代でした。側面には仙人や二十四孝をかたどった彫刻、正面には十二支の動物、他にも細かな装飾が見事に彫られています」。腕利きの職人たちの作品が、当時はどれほどきらびやかに輝きを放っていたのだろうと想像すると、胸が高鳴ります。

ふるさとの原風景を次世代へ

「地元の自然が好き」という加藤さんには、「ぎふ里山景観研究所」代表というもう一つの顔があります。「ふるさとの自然と景観を未来に残したい」という思いで活動を始め、名産である利平栗の栗拾いツアーなど、自然体験プログラムの企画運営しています。
活動から生まれた新商品が、純米吟醸酒「土岐の鷹」と、どぶろく「土岐の鷹」です。きっかけは数年前、加藤さんを中心に日本酒好きの仲間が「自分たちでお酒をつくろう」と集まったこと。地元で米作りから始め、岐阜県内の酒蔵の協力のもと、麹造りや仕込みなどすべての工程に携わって日本酒を一から手作り。「これが実に美味だったので、山県の米でできたお酒として売り出そうということになって」。「ただ酒が好きなだけ」と茶化す加藤さんですが、その行動力の源にあるのは、地域の米作りや田んぼの風景を未来まで残したいという強い思いに他なりません。

加藤さんがこれから力を入れたいと話すのは、子ども向けの自然体験プログラムです。もともと山登りが趣味で、「自然の厳しさと向き合う中で、状況判断力や決断力が鍛えられた」と語る加藤さん。「子どもたちにも、大自然に触れて楽しみながら体験を通して心身のたくましさや生きる力を身につけてほしい。そんな機会をたくさん提供したい」。境内の木々にロープを張って作る身近な遊び場から、川遊び・森遊びなどの企画まで、構想は大きくふくらみます。

静かな口調で言葉を選びながら丁寧に話される加藤さん。その言葉の奥には熱い想いの火が灯っていました。
今度は大自然の中でお会いしたいな。

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